福島県 阿武隈高原 川内村のカフェ・ダノニーのブログ。東日本大震災で被災、原発事故により避難中。

メモリアルウィーク in 小田原 岩上安身さんとのトーク 報告
岩上安身さん
メモリアルウィーク in 小田原
参加致しました。

21日(日曜)のトークに出演させていただき、1時間ほど岩上安身さんとトーク。
そんなに人がいない会場なんですが、2台のカメラに撮影されていると思うと、緊張。なにを話したのかもわからないくらい、あがってしまいました。わかりにくい話ですみません。

まとめツィートを作成してくださった方、素晴らしいですね。あんなにメチャメチャな話が、理路整然とまとまってます。会場でリアルタイムで要点をツィートする方を見かけましたが、こんなにすごいなんて。
私自身は、ツィッターを上手に使いこなせていないので、脱帽です。

話のポイントとしては、

原発は豊かな地域にはつくられない。
田舎と都会の格差、経済だけでなく、意識もすれ違いがある。
フクシマの大人を救ってほしい。

藤沢市にできた、岩手・宮城・福島 観光物産プラザで、川内村商工会会長にお会いしたことから、福島県の子どもだけでなく、大人も助けて欲しいという現状を伝えたく、「フクシマの大人を救え」というメッセージを出しました。補償金はいつまでもあるわけじゃないし、復興していくための原動力になる大人が、体力・気力を失わないよう、仕事とお金を得られるように助けていただきたいと訴えました。

なにもかもなくなってしまって、どうしたらいいのかわからない状態です。
いつ帰れるのかもわからない。
イライラと無気力が蔓延して、大人がダメになってしまいます。

岩上安身さんは、カンペなしで、わぁ〜っと迫力あるトークでせまってきます。トークについていくのがやっとですから、1時間終わったときは、ぐったり。これを連日こなしている岩上さんはすごい。



孫崎亨さんとのトークは、DEEP NIGHT などで見ていましたが、生で聴く方がより面白い。面白がっちゃいけないのかもしれませんが、興味つきない情報をガンガンと元気よく話していました。


インスタレーションの設営を、ちょこっとだけお手伝い。ipadをゴムでつるす作業だけですけど、実は、私、ipadはこれがはじめて! やっぱりいいなぁ。欲しいなぁ。
息子たちは「まな板」って呼んでますけどね。

こういうイベントに出るには、結構、覚悟がいりました。
あ〜、これで「左翼」とかってレッテル貼られちゃうのかなぁとか、反原発主義者ってことになっちゃうんだろうなぁとか。

私自身、考え方がなにかの思想に偏ってしまうことが、大嫌いです。
なるべく多くの方と意見を交わしたり、情報交換したりするために、最大限に自由な立場にいたいと思っています。いろいろな立場の方と出会いたいからです。

岩上さんのトークに出たのは、こうしたイベントでは、福島県外の人の話ばかりになって、福島の人の話が伝わらないことが多いので、代弁できたらと思って、出ています。県内では、顔を出して、いいたいことを言える人ばかりじゃありません。いろいろと差し障りのある方、いいたいことを言えない人の意見を、伝えたいと思います。

会場では、いろいろな方と出会うことができました。
ダノニーの古い常連さんから、「あ、ダノニーさん!」って声をかけられました。
浪江町から避難されている方です。ひさしぶりに福島県浜通りのイントネーションを聴いて、うれしかったなぁ。
獏原人村に出演していたミュージシャンも、イベントに参加してました。
「こんなところで、獏のはなしをするとはねぇ〜」
みんな、みんな、懐かしい福島につながるご縁です。


いままでいろいろなイベントに参加し、スタッフしたこともありますが、岩上さんのイベントって、ホント、ゆるゆる〜。
こんなにゆるくていいのかしらと思うくらい、にょろんと始まって終わります。失敗ということがない、すべてをOKにしてしまうのが、参加してて心地よいんですよ。「反原発」っていうと、どうしても、全共闘世代の方たちの、絶叫調になじめなかった私です。こういう、ゆる〜いのなら、こわくなさそうって思いました。

若いお兄さん、お姉さんたちと一緒にいて、元気になりました。
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藤沢にオープン 岩手・宮城・福島 観光物産プラザ


藤沢に、岩手・宮城・福島 がんばろう東日本 観光物産プラザ がオープンしました。知人のブログで見て、場所を確認したところ、店長が避難生活しているところから駅ひとつ隣ではありませんか。これは行ってみなくちゃ。

正確な場所がわかる情報(藤沢市ホームページ)

チラシのPDF

ネットで「藤沢 観光物産プラザ」と検索すると、たくさん情報がでてきます。多くの方が足を運んでくださったり、関心を寄せてくださっている証拠ですから、ありがたいと思います。

現地に行ったら、立派な横断幕やのぼりがあって、びっくり。まずは写真をパチリ。

と、道路の向こうがわに見たことがある人が・・・・・
商工会長ではありませんか!



アンテナショップの立ち上げには、藤沢市、藤沢市商工会議所が尽力してくださったとのこと。震災からいち早く動きだしたとのことで、国からも注目されている事業らしい。さすが藤沢市。



小さい建物で、店内も広くはありません。でも、「今できることを、すぐにやる」という気持ちが見えてくる看板でしょ。



オープン初日には、行列ができたらしい。
エリアとしてはお客さんが少ないところですが、見ていると、切れ間なく人が入っています。



はい、美人スタッフさんのご紹介。
スタッフはみんな福島県出身だとか。

店内の写真を忘れちゃいましたね。店の中をみると、岩手、宮城、福島の商品がならんでいます。チラシから、文章をご紹介しますと・・・

「このたび、観光物産プラザでは商品をそろえるにあたり、
被災地商工会議所を通して、食品等は安全性に考慮し、
主に中小規模の生産者から仕入れをしています。
また、お店も商店街の空き店舗を貸して頂き、
皆様に提供させていただきますので、
何かとご不便をお掛けするかと思いますが、
ご理解のほどお願い申し上げます。
簡易包装にご協力ください。
店舗では発送・カード払いのお取扱いはございません」

川内村からは、乾そば、乾燥しいたけ、味噌が出ていました。どれもこれも、つくっている人の顔が浮かんでくる商品ばかり。
「遠藤さんちのシイタケだ〜、久保田さんの味噌だ〜」と懐かしくてたまりません。

味噌は、原料の豆も、つくっている人の顔がわかっていますからね。きちんと計測して安全を確認して出荷しているのも知っています。さっそく買って帰りました。

福島の子どもたちの健康が心配されていますが、実は、大人たちのことも問題です。働いてお金を稼ぐ場所がなければ、こころも体も荒んでしまいます。藤沢市のアンテナショップは、福島の大人を助ける復興支援につながっています。
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福島でチェルノブイリ・ハート市民試写会
岩上安身氏のサイトに案内がでていたので、ご紹介します。
チェルノブイリで25年、なにが起こっているのかを伝えるドキュメンタリー映画「チェルノブイリ・ハート」
(チェルノブイリでは、被曝による心臓異常が子どもたちに数多く起こっていることから、この障害をチェルノブイリ・ハートと呼んでいます)


チェルノブイリ・ハート公式サイト

映画「チェルノブイリ・ハート」市民試写会(8月17日)

こういう映画があるということや、試写会があるということが、どれだけ福島県内に情報として広がるのか。今の福島県内のぴりぴりした雰囲気の中で、見に行くこともはばかられるのかもしれません。でも、原発事故の地元として、見ておかなければならない映画だと思います。

うちの母は、現在、都内にひとりぐらししています。
事故後、川内村から避難し、身内を頼っての避難生活です。
何十年も映画なんてみたことがなかったのに、「チェルノブイリのことをやっているドキュメンタリー映画があるって聞いたけど、見てみたい」と電話してきました。

自分の目で見て、どういうことなのかを知りたいと言っていました。テレビを見ていても、本当のことがどうなっているのかがわからない。ラジオ番組では、かなり突っ込んだ話もでてきている。新聞もテレビもラジオも教えてくれないようなこと、本当のことはどこで教えてくれるのか、と言います。ふけば飛ぶような、ただの年寄り婆ちゃんですが、真実を知りたいと思いつめているようです。
ふつうに生きて、政治や特定の思想などにも無関係だった母が見てみたいと言うんですから、これは大変なことだと思いました。

「こんなの見る必要ないよ」とか、
「うそくさい」なんて思うことは簡単です。

人の目が気になって見に行けない、お金がない、時間がない。
そんな方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなあなたの背中をそっと押してあげたいと思います。
ともかくは、見てからのことです。考えるのは、あなたですから。
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故郷は「人」に在り
ラジオ福島の皆様、大変お世話になりました。
実は、お墓参りに出かけていたので、その途上でお電話を受け、ラジオ主演させていただきました。電波の状態が大丈夫だったかな?
ちょっと焦りながらだったので、うまく話をすることができませんでした。ごめんなさい。

で・・・・・・・・・・・・・・・

電話の向こうは、福島につながっている。そんな実感がありました。いまこの瞬間も闘っている福島、戦場になっている福島といった、緊張感でいっぱいでした。
福島県、大丈夫なのか?
そんな危なさを、電話の向こうに感じてしまいました。

いろいろな立場の方がいらっしゃるし、いろいろな意見がある。
それを理解した上で、ラジオで本当に訴えたかったのは、みんなの「いのち」を大切にということでした。


地縁血縁でガチガチになっている人、義理やしがらみで動きがとれない人、そんな方達に伝えたいのは、
「世間って、いざというとき、あなたやあなたの家族を守ってくれますか」ということ。

私は、家庭内暴力をふるう父から家族を救いたくて、高校生のとき、母を連れて逃げたことがあります。アパートを借り、新しい生活をはじめるところで、父のところに戻ることになりました。成人していなかったから、親戚のおじさんたちに相談したところ、まぁ待ちなさい、なんとかなるよといった決定をされてしまったのです。

こうした展開はまるで「水戸黄門」の「まぁ、様子をみましょう」と同じで、問題が解決するわけでもなく、さらに悪化していったわけです。

成人して会社に勤務していたとき、暴力がおさまらない父から、もう一度逃げています。
そして現在に至るのですが、あれこれと介入してきた親戚も、結局はなにも助けてくれませんでした。うるさく意見を言ってきても、解決はしてくれない。「待っていろ」というだけで、保護してくれるわけでもなく、最後は自分たちの手で家庭裁判所に持ち込んでいます。
「口うるさいだけで、助けてくれない」それが世間というものです。

長男を妊娠中、わたしはひどい喘息の発作に悩まされました。やむをえず薬を服用したのですが、その後、小学生になった長男は耳の病気になり、大きな手術を三回受けています。あのときの薬がなにか影響しているのではないか、長男の耳の後ろに残る手術のあとを見るたびに、私は長男にすまない気持ちでいっぱいになります。
胎児は宇宙の進化を体現し、人間としての誕生は奇跡だと言われました。ほんのわずかな乱れが運命をわけてしまうことがあるからこそ、いのちを最優先にと願うものです。

福島県から、すでに多くの方が避難していらっしゃいます。
故郷は土地にあるのではなく、「人」が故郷なのです。避難して「福島の血」を守ることが、故郷を守ることになります。

川内村の古い伝説には、昔、武将が家来を引き連れて住み、部落をつくったというところがあります。どこからか移住してきて、一族の血を守ったからこそ、今の川内村につながっています。川内の血を守るべく、子どもや若い女性を守ると考えていただきたいと思います。

故郷は聖地です。
いつか帰る土地として、心のよりどころでなくてはなりません。
しかし、故郷は、人によってなりたつものなのですから、まずは村民の安全と命を守ることを優先していただきたいと願っています。
カテゴリ:店長の部屋 | 22:48 | comments(0) | trackbacks(0)
ラジオ福島に生出演
13日土曜、ラジオ福島で電話取材を受けることになりました。
「ドリブルトーク」でお世話になったIさんからのメールで、電話取材が決定。

ラジオ福島

ラジオ福島は、全国どこからでも聴くことができるらしい…

復興プロジェクト

予定では、13:40ごろ、電話がかかってくるそうです。

カテゴリ:店長の部屋 | 07:58 | comments(0) | trackbacks(0)
防災訓練に参加しました
山崎小学校の防災倉庫

避難先で、防災訓練に参加しました。
神奈川県の高齢の両親(夫の)のもとに避難生活をしている店長です。舅は90歳近くなのに、今年は地区の「救護班担当」になっています。自分が救護される年齢だというのに、救護担当。担架でけが人を運び、病院に搬送するなんて無理な話ですが、高齢化がすすむ住宅地では、一人暮らしの高齢者の姿が目立ちます。若い世代といっても、昼間は勤務先に行っていて、地域には残っていません。

避難生活+同居をはじめたとき、ご近所に挨拶したところ、
「よかったですねぇ〜」
といった声が返ってきました。高齢になった両親を、近所の方達も心配されていたようです。また、近所の方にとっても、中学生・高校生の息子達や夫は力強い存在に思われたようで、なにかあったらお願いしますとも声をかけられました。

プライバシーを守り、他人の生活に入り込まない都会の住宅地は、ストレスが少なくて快適です。しかし、隣近所の助け合いとなると、よそよそしさが弱点になります。田舎の強靱な連帯は、日常生活では「面倒だなぁ」と思われましたが、非常時にはどれだけ頼りになったことか。

近所の小学校にある「防災倉庫」の内容を点検し、非常時の手順を確認したわけですが、実際に体験した私にとっては、「これで大丈夫?」と思われることが多々あったので、いくつか質問してみました。
「福島から避難してきたんですけど…」と話をしたら、一気に緊張が高まり、真剣に防災についての意見が出るようになりました。10分ほど、避難や炊き出しのことを話をさせていただきました。

川内村では、お葬式の「組」があり、イベントや祭りがあったので、たくさんの人への食事提供の際、リーダーになる人が何人もいました。百人単位での食事づくりって、分量の見積や調理など、素人が手を出せるものではありません。今回の防災訓練では、何度も、キャンプやアウトドアの延長といったニュアンスの話がありましたが、避難・救護というのは、そんな生やさしいものではないですから。

「側溝の金属ふたをはずして、煮炊きにつかう」という話を長男にしたところ、
「あれは、中学生でも数人がかりで運んだくらい重い。はずすのにも、道具が必要だし、力がいる。イモ煮会で経験あるから知ってる。大変なんだよ。」

中学生の次男も、
「(神奈川県の)中学校で火をつけるという作業があったんだけど、みんな、葉っぱや薪をいっぱいのせて火をつけようとするから、ぜんぜんダメなんだ。ボクは後ろで見てたんだけど、これは無理だなぁと思ったから、周囲から小枝を集めておいて、火を焚きつけたよ」

田舎暮らしの経験は、これからも役に立つと思います。しかし、避難先の神奈川県で、役立つ日が来ないことを祈っています。
カテゴリ:店長の部屋 | 15:59 | comments(0) | trackbacks(0)
献本発送 フクシマからの手紙
本の泉社

出版社に伺って、献本の発送作業をしてきました。
本郷三丁目にある本の泉社、東京は暑い、ホントに暑い。
道を歩いていたら、前を歩いていた人が突然、
「あっつい〜!」と一声、怒鳴りました。
周囲の方も思わずぐったり。

川内高原の涼しい風が恋しくなります。

献本は、今回被災した地域の教育委員会さんや、福島県内のマスコミさん、ダノニーの取材をしてくださった放送局や新聞といったところに発送しています。

実は、店長は、これが二冊目の本の出版。前回は、川内村に移住するときと出版が重なり、校正原稿を持って引っ越ししました。いわき市にある「記者クラブ」に本を持って行って、お願いしますと言ったのが唯一の営業だったような気がします。このとき、福島民友新聞の女性記者の方が興味をもってくださり、川内村の最初の借家まで取材に来ていただきました。福島県内での最初の取材、報道でしたね。

ですから、献本なんていうのは、はじめての経験になるわけで、「献本」と印刷された紙をはさんで、ご挨拶の文面を入れて、専用の封筒に本を入れて発送します。
あ、この状態の写真を撮影しわすれました・・・・
出版社さんは、この時期、「お盆前進行」で、とっても忙しい。印刷その他がお休みになるので、作業が前倒しになり、過密スケジュールで大変な中、作業をさせていただいたわけで、悠長に撮影なんてする雰囲気ではなかったです、はい。

今回は特別、紀伊國屋さんやジュンク堂さんにも、本を取り扱っていただいたとか。
本の泉社は小さい出版社さんですが、良心的な本を手堅く扱っているところで、「フクシマからの手紙」については、特別に力を入れて出版して下さいました。

内容についても、体裁についても、ほとんどおまかせいただき、自由につくっています。印刷の直前に、安斎育郎先生からの特別寄稿「福島のお母さんたちへ」が入るということになりました。力強い応援をいただけて、とてもありがたく思います。

私ひとりの力ではなく、たくさんの方からの応援をいただいて、本ができあがりました。
被災した福島のことを伝えるためにも、本を販売していきたいと思います。
カテゴリ:店長の部屋 | 14:50 | comments(0) | trackbacks(0)
amazonで一時在庫切れに・・・フクシマからの手紙
フクシマからの手紙イラスト

たくさんの方から、メールその他でのご連絡をいただきました。
「ご無事だったんですね。よかった」というメールを拝見していると、よくお店に来てくださったお客様もそれぞれ避難されていて、ホント、日本中に散らばっているという感じです。福島の人がこれだけ多く、広く、遠くへ避難されているという現実に、驚くやら悲しくなるやら。

「フクシマからの手紙」の表紙イラストを描いてくださったのは、富岡町の方です。メールで連絡をとりあい、お仕事をお願いしました。避難先で不自由な生活の中、イラストソフトを購入して、作業にあたってくださったそうです。

ダノニーでギャラリーを開催していただいたこともあり、そのご縁でお願いしたのですが、いまやどちらも避難生活。こんな悲しいイラストをお願いすることになるとは思ってもいませんでした。

わたしたちの願いは、元気で明るいフクシマを取り戻すこと。
本にはモノクロでしか入れられなかった幻の表紙イラストをここに公開します。

フクシマからの手紙

amazonで一時在庫切れの状態になったらしいです。
ダノニーの常連さんたちのおかげです。ありがとうございます。

本をお求めの方は、出版社での通販をご利用ください。

本の泉社通販へ




カテゴリ:店長の部屋 | 04:30 | comments(2) | trackbacks(0)
フクシマからの手紙──3・11後の日本に生きるすべての人へ
フクシマからの手紙

フクシマからの手紙──3・11後の日本に生きるすべての人へ

故郷を離れて、避難生活をしている店長に、本の泉社社長 比留川氏から連絡がありました。
「市川さん、本を出しましょう!」

避難してすぐに、ご縁のある本の泉社さんから、雑誌への原稿依頼があり、2本ほど記事を書きました。川内村が一斉避難した直後のころでした。

原発事故に対する記事や情報が多く見られる中で、原発のそばに暮らす人たちからの視線で書かれたものが少なく、歯がゆい思いから、書いた記事。
「あいつら、どうせ、金もらってたくせに」
そんな心ない言葉が首都圏ではささやかれていました。
貧しい地域にやってきた原発によって、豊かさとひきかえに命をお金に換えさせられた地域は、故郷そのものを奪われてしまいました。

元々、貧しい地域だったから、原発ができたことを、首都圏の人たちは忘れていませんか。
Iターンの立場から、地元をどう見ていたのか、川内村への思いを書いてみました。

一般書店でお求めになれますが、本の泉社の通販サイトから購入できます。
よろしければ、ご一読ください。

カテゴリ:店長の部屋 | 18:14 | comments(0) | trackbacks(0)
福島県って・・・・
今日の店長は、郡山市で打ち合わせ。
いつものカフェ店長から変身。IT事業部部長としてのお仕事です。

晴れているのに、ときおり雪が降る、そんな天気の中で郡山駅到着。駅近くのパーキングに車をとめて、さて、どうしよう。

打ち合わせのときに、ネット環境が欲しいということがあって、駅周辺での無料LANスポットを探しました。簡単につながって、打ち合わせができるところ・・・・

郡山市ホットスポット

まぁ、無難なところで、マックでyahoo!無線LANにつなぐというのが良さそうと考えました。Yahooプレミアム会員になっているので、LANサービスに入会。自宅でIDやパスワードの手続きをしておいて、マックで接続してみました。ネットワークの設定が苦手な私でも、プリントアウトしたマニュアルをみながら作業したら、すぐに接続できて、速度も速い。電源も用意してあって、モバイル環境ばっちりなのがうれしい。店長のノートPCはバッテリーが弱く、すぐに使えなくなっちゃう。電源あり、というのは助かります。

専門的な分野の打ち合わせをして、お仕事は無事終了。
ふだんは無線LANにつなぐこともないので、Yahoo無線LANサービスは解約するつもりです。でも、便利だからこのまま残しておこうかな。電源も使えるっていうのはうれしいし・・・

で・・・・・・・

打ち合わせの相手は、福島県外の方。
こういう方と話をすると、まずは、頭の中の「脳内地図」に福島が入っているかどうか、位置がわかっているかを確認することになります。私も福島に暮らすまでは、福島の場所がよくわかっていませんでしたから、えらそうなことは言えません。多くの方は、福島県の場所や都市の名前と位置があいまいなまま、記憶されているのです。

福島県、苦戦です。
会津という言葉の方が、福島という言葉より有名になっています。県の中は空白のまま。これじゃ、県外の方を観光に誘導するのは難しいですね。

○○県といえば、○○
一言で言えるようなイメージ、スポットが必要です。
福島といえば、野口英世。(福島県の公式ホームページは、野口英世を使っていますね)
これでやっと、会津と猪苗代湖付近まで認識してもらますが、まだまだ、福島のイメージは希薄です。あれもこれもと欲張ったところでイメージが強くなるわけじゃありませんから、強烈な一発イメージで牽引していくしかないのかしら。福島県にたくさんの人を呼び込むにはどうしたらよいか。

阿武隈山中の川内村に人を呼び込み、地域を活性化するにはどうしたらよいか。
大きな地域でも、小さな地域でも、問題は同じです。
カテゴリ:店長の部屋 | 19:45 | comments(0) | trackbacks(0)
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